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『かくして叛逆者は筆をとり』

作:両声類謎紳士 月華

登場人物

・小説家

・編集者

編集者:先生~!

小説家:担当さん、どうですか、新作の売り上げの方は?

編集者:はい!先生の新作小説の、第一巻の売り上げですが……

小説家:売り上げは?

編集者:……全然売れてません!

小説家:は!?マジで!?

編集者:マジっす!

小説家:嘘でしょ、デビュー作はあんなに売れたのに!?

編集者:……まぁ、確かに先生のデビュー作は斬新でしたからね……『当時は』。

小説家:『当時は』?

編集者:最近は小説作品も世にあふれまくってますし、なんなら趣味で書いている野良作家なんて山ほどいますからね……。なんというかその、先生の新作は今や斬新さを欠いているというか。

小説家:そんな……。

編集者:ですが打開策はあります!今日は私、そのための打ち合わせに来たので!一緒に今後の作品の方向性を考えていきましょう!

小説家:あぁ、それは心強いです!

編集者:担当としても、売れてもらわなきゃ困りますからね。やりましょう!

小説家:とはいっても、どうしましょうね。一巻である程度方向性は固まってしまってますし。

編集者:まずシンプルに人気を稼ぐなら、『流行』を取り入れていけばいいと思います。

小説家:『流行』かぁ……。例えばどんな?

編集者:まず新作の主人公ですけど。

小説家:はい。
編集者:次の話で突然死にましょう。

小説家:は?

編集者:そして異世界に転生するんです。

小説家:いや、嫌ですよ!

編集者:これが『流行』なんです。トレンドなんです。異世界転生しましょう。

小説家:いや……失礼ですけど、新作読んでくれました?

編集者:読みましたよ?

小説家:じゃあわかると思いますけど、この作品は名探偵である主人公が、殺人事件を解決していくミステリなんですよ。それなのに主人公が死んじゃってどうするんですか!?

編集者:斬新じゃないですか。

小説家:斬新すぎますよ!

編集者:でも、死んだ後の主人公は異世界で活躍するんです。能力はチート性能で、女の子にモテモテで……。

小説家:ちょっと待ってくださいってば!勝手に決めないでください。……まず簡単に異世界って言いますけど、「世界」をひとつ作るって大変なんですよ!?その……世界が成り立つためのエネルギー問題とか、食糧問題とか、人種問題とか言語とか……!

編集者:先生、そういうの求めてないんですよ、読者は。

小説家:はぁ。

編集者:異世界っていったら剣と魔法とスライムのファンタジー世界。共通認識ともいえるぐらい単純な世界観が今の流行です。

小説家:そんな簡単でいいんですかね……。

編集者:簡単なのがいいんです。今の読者はいかに簡単に仮想体験が出来るかを求めているんですよ。

小説家:な、なるほど……まぁ、それについてはわかりましたよ。で、次は。

編集者:主人公のチート性です。

小説家:チートねぇ……。チートって、主人公が万能すぎてもなにも面白くないんじゃないですか?

編集者:いいですか、先生は小説家ですからそういう視点になるんです。しかし読者の目線になってみてください。

小説家:読者の目線?

編集者:読者はなんの肩書も功績もない一般ピーポーなわけですよ。平凡な生活、会社と家を往復するだけの虚無な生活。

小説家:それは読者によると思いますけど……。

編集者:多くの読者はそんな退屈な人生から逃げ出したくて本を手に取るわけです。「妄想の中ではせめてスーパーマンでありたい」!そう願ったことは先生もあるでしょう?

小説家:まぁ……子供の頃とかはね。

編集者:『流行』としては読者のそういった気持ちが顕著になっているんですね。インスタントなスーパーマンになりたいわけです。

小説家:なるほど……まぁ、気持ちはわからいでもないので納得しました。それで……女の子にモテモテというのは……。

編集者:これだけは永久不変の要素です。今作の主人公は男なので、周りに女の子を侍らせましょう。女主人公なら逆にすればいいだけ。

小説家:……正直なところいいですか?

編集者:どうぞ?

小説家:この作品はミステリという皮を被っていますが、メインストーリーはヒロインとの恋模様なんですよ。読み進めて事件を解決していくうちに、ヒロインとの一進一退な、じれったい恋模様が見られるのが魅力で……。

編集者:めんどくさいんですよ。

小説家:めんどくさい!?

編集者:じれったさなんか求めてないんですって。世の読者が異性に求めるものなんか欲情出来るか出来ないかです!

小説家:それは暴論だと思いますけど!?

編集者:人間の三大欲求のひとつ「性欲」に訴えてしまえば勝ちなんです!!とにかく、何がとは言いませんがでかくて露出の多い女の子をいっぱい出してください。

小説家:ちょっと待ってくださいよ!確かに売れるために多少方向転換をするとは言いましたけど、これじゃ二巻から別のお話じゃないですか!!

編集者:売れなくて次回作が書けなくなるよりマシじゃないですか?

小説家:うっ。

編集者:私だって作家の個性を潰したくはないです。けれども『流行』とは、『世間』とは、『需要』とはそういうことなんです。先生は夢を見る側じゃない、見せる側の人間になったんです。わかりますよね?

小説家:……わかりました。

編集者:ようやくわかってくれましたか。

小説家:次回からのプロットを今から書きますね。

編集者:はい!

小説家:主人公の名探偵は、ある日突然交通事故で死んでしまう。次に目が醒めた時、そこは異世界だった。

編集者:ほう!

小説家:右手に握られていたのは伝説の剣、左手には万能の魔法が宿っていた。あらゆる怪物をバッタバッタとなぎ倒し、その驚異的な力を見せつけた主人公は、世界を救う「勇者」になる!

編集者:いいですね!

小説家:主人公の力になるべく、様々な能力者や精霊、妖精といったあらゆる存在が仲間になる!その強さと性格ゆえにと全員から好意を寄せられて困ってしまうが、世界の為に立ち上がるのだった!

編集者:流石です!!うまくまとまりましたね!!

小説家:ざっとこんなもんですよ!

編集者:それじゃあその方向でいきましょう!執筆の方よろしくお願い致します!

小説家:任せてください!ちゃんと読者に「夢」をみせてあげますよ!

編集者:では私は本社の方に戻りますので。失礼いたします!

小説家:はい、ありがとうございました。


 

小説家:私は「夢をみせる側」かぁ……。

    ――「悪い夢」に変わっても構わないよね?「夢」なんだから。

 

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