謎紳士のグラン・ギニョール
『ウォットン卿の気まぐれ』
作:両声類謎紳士 月華
登場人物
ヘンリー・ウォットン:ヒーロー殺しのウォットン卿と恐れられる殺人鬼。
ヘンリー:……おや、お目覚めかい。あなたともあろう者が、随分と長いこと気を失っていたねぇ。大丈夫?あぁ、抵抗しても無駄だよ。有刺鉄線だからね。暴れれば暴れるほど君が傷つくだけさ。
――え、僕の名前を知ってるの?いやぁ僕もすっかり有名になっちゃったもんだなぁ!嬉しいねぇ。――でも、少しだけ間違ってる。僕の名前は「ヒーロー殺しのウォットン卿」じゃない。「偽善者殺しのウォットン卿」だよ。そう、誰もこの名前で呼んでくれないからちょっと寂しいんだよね。まぁ、しょうがないとも思ってるけどさ。ヒーローには偽善者が多いから。キミみたいに。
だから暴れても痛いだけでしょう?いい加減学習しなよ。
ここから出せって?どうして?暇だから?まさか、「困ってる市民を助けられないから」なんて言わないよねぇ。……うーわ、本気の顔してるよ。ふん、だからヒーローって気に食わないんだ。いわゆる「正義感」っていうの?自分をそれの塊だと信じてる。自分は選ばれた存在で自分の中には一切の穢れがないって疑わない。だからね、僕はヒーローを「人間」だと思ってないんだ。僕は「人間」を愛しているから。わかる?
殺人鬼がふざけるな、だって?本当さ!僕は人間を心の底から愛しいと思ってる。だから「偽善者」しか殺さない。その大半がヒーローってだけだよ。……少し震えてる?殺されるのが怖い?心配しないで。すぐには殺さない。生きていることがおぞましくなるほどのお仕置きをしてから殺すのが僕の主義なんだ。
――ところでさ、なんでキミは殺されるのが怖いんだろうね?当ててあげようか。奥さんと息子を残していくのが嫌なんだよね?
あははは!急に青ざめちゃってどうしたの? 僕を誰だとお思いだい?僕にはオトモダチがたくさんいるもんでね。キミの正体なんてお見通しなんだよ。
ジョン・ハリスン。 美人の奥さんと幼い息子と暮らす一見普通の男。でもその正体は、町のトラブルを解決する正義のヒーローボルトマン。ふふ、なんとも立派な肩書じゃないか。
さ、ここでいま一度聞くけど、ジョン。奥さんと息子とこの町の市民、どっちをとる?
――ウフフ、あはは、あーーーっはっはっはっは!
どうしたよ?魚みてぇに口パクパクさせて?あぁ、できるぜ?俺様にはなんだってできる。万が一お前の奥さんと息子が愛おしい人間で、俺様の美学に反するターゲットだったとしても、俺様のオトモダチがうっかりしちまうかもしれねぇ。
卑怯?そんな罵倒今更痛くもかゆくもねぇ。むしろ正体を隠して活動してるヒーローの方が卑怯じゃねぇか。ノーリスクで活動できるんだからなぁ?えぇ?
さぁてどうするよ?返答次第によってはその有刺鉄線、外してやらねぇこともないぜ。
ククク……!天下のボルトマン様が青ざめて黙り込んじまった。こいつぁ面白いショーだねぇ。俺様1人で観劇するのはもったいねぇなぁ。さて、上演時間は何時間になるかね?
――何?どっちも取るって?
……はぁ、なるほどな!ハハハ!確かにそうだ。アンタの奥さんも息子も、この町の市民には違いねぇなぁ!ハハハハなるほどね、おもしろいじゃねぇの!まさかあんたが論理で攻めてくるタイプだったとはね。ああ降参。参った参った。俺様の負けだ。……ああ、有刺鉄線は外してやってもいいぜ。――だがな、誰が生かすって言ったよ?