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『メアリーの肖像は朽ち果てるか?』

作:両声類謎紳士 月華

 

登場人物
・メアリー・グレイ:ヘンリーのメンタルケア担当の精神科医
・ヘンリー・ウォットン:表面の良い大量殺人鬼

 

メアリー:……はぁ。……いけないわ、こんなんじゃ駄目よね、私。気合い入れなきゃ。
ヘンリー:(ノックして)もしもし。メアリー先生、入ってもいいですか?
メアリー:ええ、良いわよ。どうぞ。
ヘンリー:こんにちは、先生。……あれ?
メアリー:どうしたの?
ヘンリー:なんだか顔色が悪い気がして。大丈夫ですか?
メアリー:相変わらず目ざといのね。大丈夫よ。最近ちょっと眠れていないだけ。
ヘンリー:本当ですか? 僕の診察なんかしてる場合じゃ……。
メアリー:いいえ。どう考えても殺人鬼の診察をするほうが優先事項だわ。
ヘンリー:そういうものですか?
メアリー:そういうものなのよ。一般的にはね。
ヘンリー:僕的には、元気のない先生を見ている方が辛いですけど。
メアリー:お気遣いありがとう。でもさっきも言ったけど、大丈夫。さて、今日もカウンセリングを始めるわよ。記録用の録画回すわね。
ヘンリー:よろしくお願いします。
メアリー:さて、ヘンリー・ウォットンさん。前回は見事なまでに脱獄されたわけだけれど、また戻ってきたのね。そんなに刑務所がお気に入り?
ヘンリー:ある意味ではそうですね。先生にも会えますし。
メアリー:冗談はともかく、本音は?
ヘンリー:冗談なんてとんでもない!本当ですよ。僕先生のこと好きですから。あぁ、でも僕のことを毎回捕まえてくれる"彼"には劣るけど。
メアリー:"彼"もあなたに付きまとわれて大変ね。
ヘンリー:そんなことはないでしょう。僕を毎回捕まえてたくさんの称賛を浴びてるんですよ?むしろ僕のこと好きだったりして。
メアリー:前向きなのはあなたのいいところだけれど、プロポーズのために毎度大量に人が殺されるんじゃ困るのよ。
ヘンリー:勘違いしないでください先生!誰でもいいわけじゃないんです!僕が殺すのは「偽善者」だけです。そうじゃない人間には手を出しません!
メアリー:偽善者?
ヘンリー:ええ、僕は偽善者がどうにも嫌いでして。
メアリー:あなたの言う偽善者って、どんな人のことかしら?
ヘンリー:そうですね。簡単に言うなら、「自分の中には悪の素質はない」と信じて疑わない人間のことです。
メアリー:……つまり?
ヘンリー:わかりませんか?「自分の中の悪徳を信じない」人間ですよ。ほら嘘はつくべきじゃないとか、他人を騙すべきじゃないとか、人間は殺すものじゃないとか、そういうことを考えてる連中、いるでしょ。
メアリー:それなら、私はつまりあなたにとって偽善者ね。
ヘンリー:とんでもない!先生は偽善者なんかじゃないですよ!
メアリー:私は嘘はつくべきじゃないと思うし、他人を騙すべきじゃないとも思うし、人間は殺すものじゃないと思ってるわ。
ヘンリー:本当に?
メアリー:ええ。
ヘンリー:信じられないなぁ、先生ほどの人が。そんなわけないでしょう。あなたほどの「イイヒト」が、偽善者なわけがない!
メアリー:それは褒められているの?
ヘンリー:もちろん。言ったでしょう?僕は先生のことが好きだって。それは先生が「偽善者」じゃないから。だから殺さない。安心してください。
メアリー:安心したわ。心底ね。
ヘンリー:でもだからこそ、やっぱり先生、あなたのことが心配なんですよ。あなたが「イイヒト」だから。
メアリー:どういう意味?
ヘンリー:まず第一に、自分の精神に鞭打ってまで僕とこうやっておしゃべりしてくれる。
メアリー:それは……仕事だからよ。
ヘンリー:第二に、あなたがとっても優秀で、周囲の人間からも尊敬される偉大な人だから。
メアリー:そんなんじゃないわ。
ヘンリー:何回ここにぶち込まれたと思ってるんです。ここのカウンセラーはみんなあなたのことをとっても尊敬しているんですよ。なんたって他の連中と違って、僕を相手にして逃げ出さないんですから。
メアリー:そりゃ、あなたみたいな凶悪犯を放っておけないもの。
ヘンリー:第三に、あなたは昔から「イイヒト」を演じるのが得意だったから。
メアリー:!?
ヘンリー:メアリー・グレイ。と~っても偉大なご両親の間に生まれた、将来有望なお嬢様。両親の期待の目はギラギラして眩しかった。だけども逸らすことは出来なかった。なぜなら失望させるようなことをするものなら、母からは叱咤され、父からは鞭で打たれたから。そんな完璧な教育のおかげで、あんたは他人の期待に応え続けることができる「イイヒト」になった。
メアリー:どこで、それを……。
ヘンリー:クックック……俺様情報通だろ?そういうのに敏感な仲間がいるのさ。
メアリー:!?本性を現したわね。
ヘンリー:本性も何も、俺様は俺様さ。ヘンリー・ウォットン。「偽善者殺しのウォットン卿」。
メアリー:あなたには「ジキルとハイド」……つまり「解離性同一性障害」の疑いがあるわ。
ヘンリー:先生は原作読んでねぇのかい?ジキル博士は他人を殺さない。まぁ、だからハイドになったんだけどな。そういう意味じゃ俺様はジキル博士は好きだね。
メアリー:今はそういう話をしてるんじゃないの!
ヘンリー:そうカッカすんなよ。美人が台無しだ。
メアリー:……はぁ。
ヘンリー:話を戻すぜ、美人な先生。俺様はあんたのことが好きだ。これ以上あんたの美しい顔が苦痛に歪むのは見たくない。
メアリー:……一体誰のせいだと思ってるのかしら。
ヘンリー:お!いい顔するじゃねえか。俺様のことが疎ましいか?俺様のことが憎いか?
メアリー:!……いいえ。(小声で)いけない、すっかり彼のペースだわ。落ち着くのよ私……!
ヘンリー:嘘はよくないんだろ?先生?
メアリー:嘘なんかじゃ……!
ヘンリー:あぁ、あんたはそうやって強がって、他人を騙すことが得意だもんなぁ。
メアリー:都合のいいように解釈しないで!そんなんじゃないわ!
ヘンリー:ああ先生、肖像画みたいに美しい先生。嘆いてる顔より、強がってうつむいてる顔より俺様はよっぽどそっちの方が好きだぜ?
メアリー:いい加減に……!……はぁ、ダメね。こんなに感情的になるなんて、私、情けない……。
ヘンリー:あぁ、また台無し。――でもこれで分かっただろ?先生、あんたは少なくとも偽善者じゃない。嘘も吐くし、他人も騙す。
メアリー:……もうなんとでも言いなさい。
ヘンリー:あとは「殺すだけ」だな。
メアリー:それだけはなんと言われようがお断りだわ。
ヘンリー:なんでだ?殺したいほど疎ましいヤツが思い当たるだろ?
メアリー:そんな人いない――。
ヘンリー:とぉ~っても偉大で優秀な男女2人組。
メアリー:!!まさか!!
ヘンリー:なんでだよ。自由が手に入るんだぜ?それにガキの頃の復讐もできる。一石二鳥だ。
メアリー:そんなことできるわけないでしょう?私は今も両親を尊敬しているし、厳しく育ててくれたことに感謝もしてる!そんな二人を……手にかけるなんて。
ヘンリー:なんなら俺様がやってやってもいいんだぜ?俺様にとってあんたの両親は立派な偽善者だからさ。
メアリー:やめなさい!それだけは許さないわ。
ヘンリー:……「イイヒト」から解放されるんだぜ?
メアリー:!!
ヘンリー:もう他人の顔色をうかがって声色を変える必要もない。もう頬の筋肉を引きつらせて無理に笑わなくったっていい。もう無理に自分に鞭打つ必要がなくなる。
メアリー:別に、無理なんて、そんな
ヘンリー:先生、なんで俺様が偽善者以外を愛してるか、なんでジキル博士が好きなのか教えてやるよ。みんな心に必ず「悪徳」を抱えてることを知ってるからさ。ジキル博士はその類まれなる才能を、自分の悪徳を満たすために使った。俺様はそういう人間が大好きだ、マジで愛してる。そして先生、俺の見る限りあんたには――その才能がある。
メアリー:私に才能が……?
ヘンリー:ああそうだ。アンタは大層優秀だ。だがその分影が大きい。俺様の統計上、たいてい「イイヒト」には才能があるんだ。神に誓って言えるか?「私は一度も両親を憎んだことがありません」って。
メアリー:そ、れは……。
ヘンリー:言えないだろ。
メアリー:わか、らない……。
ヘンリー:だろうな。ガキの頃だから。
メアリー:――いつだったかしら……。学校のテストで、満点が取れなかった時があったのよ。冬の寒空の下、水をかけられて外に放り出された……。その時のこと、その時の両親の顔、まだ覚えてるの。なぜかしらね。
ヘンリー:そんなもん、怖かったからに決まってるだろ?
メアリー:ええ、そうね、怖かった……あの目、二度と私はあの目を見たくないと思って、私は今まで……。
ヘンリー:誰も殺さないって言ってたあんたは、自分自身を殺してたわけだ。
メアリー:……!わ、私、私……!
ヘンリー:ああメアリー、やっと気が付いてくれたんだな?
メアリー:こんなこと誰にも言えなくて、ずっとわからないまま心が苦しかった……!両親に、仲間たちに愛されているのにどうして満たされないんだろうって、罪悪感ばかりで……!辛かった……!
ヘンリー:満たされるわけねぇじゃねぇか。お前は今の今まで死んでたんだから。……でも安心しな、俺様がいてやる。俺様だけが、あんたを生き返らせて、あんただけの人生を送らせてやることができる。
メアリー:あなたが……?
ヘンリー:俺様だけがあんたを解放できる。なぜなら俺様は、あんたが自由になる方法を知っているからさ。
メアリー:本当に……?私、自由になれるの?この辛さから解放されるの?
ヘンリー:あぁもちろん。俺様についておいで、メアリー。アンタが心の底から笑えるように、俺様がずっと側にいてやるよ。
メアリー:あぁ……。ありがとう、ありがとう…!私、一生あなたについて行くわ……!偽善者殺しのウォットン卿……!
ヘンリー:そんな堅苦しいんじゃなくて、ヘンリーって呼んでくれよ、ダーリン?
メアリー:わかったわ。ヘンリー……ヘンリー……!うふふ、あははははは!私のヘンリー!はやく自由になりたいわ!どうすればいいの?
ヘンリー:そうだなぁ、まずは……。


メアリー:もしもし?お父様、お母様?お元気ですか?それは何よりだわ!……私?ええ、もちろん元気よ?仕事も順調だわ。ねぇ、今度久しぶりにお会いしませんか?高級ホテルを予約するわ。積もる話もあるし、それに、会わせたい人がいるの……。

 

END

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