謎紳士のグラン・ギニョール
『愛の懺悔室』
作:両声類謎紳士 月華
登場人物
・神父
・シスター
・懺悔者♂
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シスター:さぁさぁ迷える子羊さん、こちらへどうぞ。神父様はこっちっすよ!
懺悔者:は、はい、ちょ、ちょっと待ってくださいシスター!もうちょっと、ゆっくり……。
シスター:どうしたんすか?もしかしてキンチョーしてます?
懺悔者:そりゃしますよ!自分の罪を告白するなんて、勇気のいることだから……。
シスター:大丈夫っすよ!うちの懺悔室は防音バッチリなんで。神父様以外には誰にも聞こえませんから!懺悔室も時代と共に進化してるっす。
懺悔者:はぁ……。
シスター:さぁ中へどうぞ!神父様待ってるっすよ!
懺悔者:は、はい!失礼します!
神父:ようこそお越し頂きました。ここは『愛の懺悔室』。愛をもって、貴方の罪に耳を傾けましょう。
懺悔者:あ、は、はい……。
シスター:さぁどうぞ、遠慮なく!ずずいと!告白しちゃってください!
懺悔者:……あの、アナタもいるんですか?
シスター:……あ!そう、そうっす!まぁ、気にしないでください!私も神に使える者の一員なんで、秘密は守るっす!
懺悔者:そういうものなんですか……?
神父:さぁ、恐れずに。貴方は一体、どんな罪を犯したのですか?
懺悔者:えーと、――ご、ごめんなさい!僕は……僕は先日、自販機に忘れられてたお釣りの10円を、まぁいいやって自分の財布の中にそのまま仕舞っちゃッたんです!最初は、そんなに気にしてなかったんですけど、日を追うごとに、だんだんと眠れなくなっていって……!本当に、すみませんでしたっ!
シスター:……。
神父:……。
シスター:え、それだけ?
懺悔者:へ?
シスター:え、マジでそれだけなんすか?
懺悔者:そ、それだけって……これだって、立派な窃盗じゃないですか!例え、10円でも……。
シスター:ぶっちゃけ、その程度の罪でここ来る人間、初めてっすわ。
懺悔者:その程度って……罪に大小もないと思いますけど!あなた、本当にシスターなんですか!?
シスター:神父様、どう思います?
神父:迷える子羊よ、貴方の言う通り、罪に大小はありません。よくぞ告白してくれました。罪は消えませんが、きっと貴方の魂は救われるでしょう。
懺悔者:ほら!ほら!
シスター:あーつまんないっすねぇ。さ、終わったんならもう帰っていいっすよー。
懺悔者:はい!ありがとうございました!……ちなみに、なんですけど。
シスター:なんすか?
懺悔者:その程度、って言われたって事は、もっと大きな罪を告白した人もいるって事ですか?
シスター:もちろんっすよ?ここは神父様があらゆる罪を聞くところですからね。窃盗から強姦、果ては殺人まで。
懺悔者:強姦!?さ、殺人!?
神父:どんな罪であろうと、許されざろうと、罪を告白する権利は誰しもあります。
シスター:まぁそういうことっすねぇ。
懺悔者:やっぱりそういうことする人って、いわゆる殺人鬼とか凶悪犯ってやつなんですかね?でも、そういう人がここに来るイメージなんてないけど……。
シスター:いや?結構フツーの人っすよ。
懺悔者:普通の人?
シスター:殺人鬼とか凶悪犯レベルになるとそもそも罪悪感なんてないっすよ。大体懺悔に来るのは「衝動でやっちゃった!」みたいな一般人っすねぇ。
懺悔者:衝動で?そんなことあるんですか?
シスター:むしろアンタはないんですか?一瞬でも相手を殺したいほど憎んだことは?
懺悔者:そりゃ……ゼロではないですけど。
神父:――なるほど。
懺悔者:ああ!神父様、決して誤解しないでください!殺したいほど憎むことはあったけど、なんていうかあれは、その、僕は間違ってないっていうか。
シスター:……ん?どういう事っすか?
懺悔者:その……アレは向こうが悪いんで、むしろ罪を告白しなきゃいけないのは向こうなんで!
神父:ほう?どのような罪ですか?
懺悔者:僕の心を弄んだ罪です。
シスター:ふーん、なんか面白そうな話っすねぇ。
懺悔者:面白いもんか!
神父:よろしければ、お聞かせ願えませんか。
懺悔者:でも……。
シスター:ダイジョブっすよー!さっきも言ったけど、ここ防音バッチリなんで。全然バレないっす!まぁ、懺悔とは違うかもしれないけど、サービスっすよ!
懺悔者:……アイツは……僕の元奥さんは……僕を裏切ったんです。
神父:ほう。裏切った、とは?
懺悔者:浮気ですよ!僕がどれだけ愛情を注いでやったかも知らないで、あの女は、他の男と遊んでたんだ!
神父:なるほど。それは辛かったでしょうね。
シスター:まぁよくある話っすねー。
懺悔者:よくあるとか言うな!
シスター:ひぃこわっ!
懺悔者:だから僕は、愛情をたっぷり両手に込めて、あの女の首を絞めてやったんです。……今でも思い出せる。あの時の縋るような目!あの女の最期の瞬間に映っていたのは、あの男じゃない、この僕なんですよ。
シスター:……ん?最期の瞬間?
懺悔者:そうです。
シスター:えーと、つまり――殺したって事っすか?
懺悔者:そ、そうですけど……!僕は悪くないんですよ!悪いのは僕を裏切ったあの女と、色目を使ってきたあの男だ!だ、だから僕は、地獄でも永遠に出会えないように、女は床下に埋めて、男の方は山に埋めました。
シスター:あちゃー、しかも男の方も殺してるんすね……。
神父:殺人と死体遺棄、ですか……。
シスター:10円より全然やべぇっすね。
懺悔者:だ、だって、先に裏切ったのは向こうなんですよ!?僕の心はもうズタズタだったんです。僕は被害者なんですよ!
シスター:あのねぇ、どんな理由があろうと殺人は立派な罪っすよ。ここで告白しといてよかったっすね。
懺悔者:罪?告白??冗談じゃない!僕は悪くない!裁かれるべきはあの2人ですよ!
シスター:死んじまったら裁くものも裁けないでしょーが!
神父:待ちなさい、シスター。
シスター:へ?
神父:この件について、彼1人を責めるのは確かに不平等というものです。
シスター:そ、そうっすかねぇ……?
神父:彼は心の底から奥様の事を愛していた。しかし裏切りによって、その愛が歪んでしまった。つまり、奥様の裏切りさえ無ければ、彼は2人を手にかけることは無かったのです。
懺悔者:そう!そうなんですよ!流石は神父様!
神父:彼が殺人を犯してしまったのは、愛ゆえです。それは人間誰しもが抱く強い感情です。それをコントロールすることは、本人でさえも難しいはず。彼はいわば、愛に憑りつかれた「被害者」に違いないでしょう。
懺悔者:そ、そうです。僕は、被害者なんです……!あぁ、理解してもらえて嬉しいです、神父様。
神父:迷える子羊よ、1人で抱え込んで大変苦しかったことでしょう。まずは打ち明けてくれたことに感謝しましょう。貴方は間違いなく「愛」を貫いた素晴らしい人間だ。
懺悔者:神父様~~!ありがとうございます。そうなんです、僕は彼女を愛していただけなんです!
シスター:懺悔室に来て「自分は悪くない」って主張する人も珍しいっすねぇ……
。
懺悔者:ちょっと、取り乱しちゃいました。すみません。
シスター:ちょっと?
懺悔者:でも、神父様のお陰で、前向きに次の恋に集中できそうです。
シスター:え、もう次の恋してるんすか?切り替え早いっすねぇ。
懺悔者:そ、そうだ神父様!この際なので、今の恋の悩みを相談してもいいでしょうか?
シスター:あのねぇ、お忘れかもしれませんが、ここは懺悔室っすよ!お悩み相談室じゃないんっすよ!神父様だって暇じゃないんだからーー。
神父:聞きましょう。
シスター:聞くんかい。
懺悔者:ありがとうございます!えーと、どこから話しましょうか。
シスター:惚気ならお断りっすよ。
懺悔者:……そうだったらよかったんですけど。実は、彼女が最近冷たくて。
神父:と、言いますと。
懺悔者:初めのうちは、僕の愛の言葉とか、プレゼントとか、喜んで受け取ってくれたんです。でも、ある時からパッタリ、受け取ってくれなくなっちゃって。連絡しても全然答えてくれないしーー。
シスター:ある時って?
懺悔者:実は、彼女の幼馴染とかいう男から電話がかかってきたことがあって。ーー「彼女に近づくな」って……。
シスター:……あー、なんか察したっす。
懺悔者:きっと、その男に変なことを吹き込まれたんだと思います。本当にその日以来、彼女が冷たくなっちゃって……。だから僕、その男がどうしても許せなくて……!
シスター:さてはオニーサン、ストーカーっすね?
懺悔者:何言ってるんですか!ストーカーはあっちですよ!僕の彼女に付きまとって、挙句近づかないように脅迫してきたんですよ!?
シスター:モノは捉えようっすね。
懺悔者:神父様、僕は彼女を愛しているだけなんです!でも、このままじゃーーどうしたら彼女の愛を取り戻すことができますか!?
神父:その答えは、すでに貴方の中にあるはずです。
懺悔者:えっ……!
神父:殺してしまえばいいじゃないですか。
シスター:ちょちょちょ!神父様がそれ言っちゃダメっしょ!
神父:貴方は愛に生き愛に尽くす人だ。快楽のために人間を殺める殺人鬼とは訳が違う。貴方は己の愛を貫くためにただ戦えばいい。貴方にはそれができるはずです。
懺悔者:そう……ですよね。やっぱりそうですよね!ありがとうございます!僕ならできる!よしーー!
シスター:ああ!オニーサン!
シスター:あーらら。行っちゃった。癖が強い人間だったなぁ。ーーでもまぁ、良い学習素材にはなったかな。ひひひ。あいつ、どれだけ罪を重ねるのか……見ものだねェ。
それにしても、「愛を貫くために戦えば良い」なんて、そんなクサいセリフまで言えるようになっちゃうなんて、えらいでちゅね〜!
神父:ありがとうございます。
シスター:AIなんてシロモノ、人間様は一体何に使うんだと思ったが……遊び方によっちゃなかなかどうして面白いもんだ。お陰様で俺様の成績はうなぎ登り!まさに悪魔業界を揺るがす稲妻のごときアイディア!やっぱり俺様は天才だぜ。
神父:人間は罪を犯す生き物。その上で許しを乞う愛おしさを持ち、真実を歪めようとする、愚かな生き物。
シスター:そのとぉり!さぁ、どんどん堕落させよう!ここはどんな愚かな人間様も等しく受けいれる、『悪魔の懺悔室』だからな!ひゃーーはははは!