謎紳士のグラン・ギニョール
『特殊犯罪捜査課 咲崎条一郎「悲しい人形」』
作:両声類謎紳士 月華
登場人物
咲崎 条一郎♂(さきざき じょういちろう):特殊犯罪捜査課の男
清成 都♀(きよなり みやこ):特殊犯罪捜査課であり、咲崎の監視を任されている
真波 輝姫♀(まなみ きらり):12歳、今人気絶頂の天才子役
真波 和子♀(まなみ かずこ):輝姫の母親。マネ―ジャーも兼ねる。
スタッフ1・2(性別不問):撮影現場のスタッフ
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スタッフ1:輝姫さーん!5分後本番でーす。スタンバイお願いしまーす!
輝姫:はー……
和子:はーい!ほら、まだメイク直しが終わってないわよ!
輝姫:わかってる!今直してるってば。
和子:さっきのシーン、なんで中断したかわかってる?ここの台詞、感情の作り方がなってないからよ。監督は見抜いてるわ。ちゃんとやりなさい!
輝姫:わかってる!ちょっとうまくいかなかっただけだもん。次はちゃんとやるもん!
和子:あとここも――
スタッフ2:和子さん!別番組のプロデューサーから打ち合わせがしたいとご連絡が!
和子:はーい!わかりました!すぐ行きます!じゃあ輝姫、しっかりやってくるのよ!
輝姫:わかってるー!……はぁ。
スタッフ1:すみませーん!輝姫さん宛の差し入れのお水届いてるんですけど、何処に置いておきましょうか?
輝姫:……そうだなー……セットの上手側のとこに置いといてくださーい。あそこ、画角に入らないんで。
スタッフ1:わかりましたー!
輝姫:……。
スタッフ1:輝姫さん、スタンバイお願いしまーす!
輝姫:はーい!今行きまーす!
スタッフ2:ではシーン25から撮影再開しまーす。よろしくおねがいしまーす!
輝姫:あっ、すみません!ちょっといいですか。
スタッフ2:どうかしました?
輝姫:上手側の照明、もうちょっとこっちに位置ずらしてもらっていいですか。ここに入ったほうが、お芝居しやすいんで。
スタッフ2:はい!おーい!照明班調整してくれ~!
輝姫:ありがとうございますー。
スタッフ2:っと、こんな感じかな。……ではカメラまわしまーす!シーン25、アクション!
輝姫:「なによ!みんなだまりこくっちゃってさ!あんなひどいこと言われて、悔しくないの!?そんなこ――」あっ!
スタッフ2:カット!輝姫ちゃん、大丈夫?
輝姫:スイマセン、ちょっと疲れてるのかな?ごめんなさい!もう一回お願いします!
和子:……っ。
輝姫:……。
スタッフ2:はい、では行きまーす!シーン25、アクション!
輝姫:「なによ!みんな黙りこくっちゃってさ!あんなひどいこと言われて、悔しくないの!?あんなやつ――」
和子:――!?きゃ、きゃあああ!誰か!誰か!!燃えてる!!
スタッフ2:え!?うわっ!本当だ!ストップ!撮影中止中止!!誰か消火器もってこい!!
輝姫:……。
都:いいですか咲崎さん、これはドラマの撮影現場なんですよ?く・れ・ぐ・れ・も!変にはしゃいで妙な行動をとらないようにしてくださいね!!
咲崎:はいはいわかってるよ都クン。はしゃぐのはいいけど声量を落としたまえ、いつも以上にさえずってるじゃないか。寝起きの頭に響いてたまんないよ。
都:なっ、わ、私は別にはしゃいでなんか……!
咲崎:どうせ「運よく芸能人に会えないかなぁ~!」とか思っているんだろう。
都:ギクッ。
スタッフ1:あぁ!警察の方、すみません、現場はコチラです。
咲崎:ボヤ騒ぎなんだって?出火元は?
スタッフ1:上手側の床です。見て頂ければわかると思うんですけど、カーペットなもんですから結構広がっちゃって。
都:ケガ人はいらっしゃいますか?
スタッフ1:火元の近くにいたマネージャーが1人、手を火傷してしまって。治療はコチラの方で簡易的に済ませてます。
都:一応、病院にもみてもらった方がいいでしょうね。
咲崎:ふーん。あぁ、なるほどねぇ。
都:またなんか勝手に察してる……何なんですか?
咲崎:出火原因はあのスポットライトの下の大量のペットボトルだ。キミぐらいでも小学校で習うだろう?虫眼鏡の理論だよ。
都:あぁなるほど!このお水のペットボトルに機材のライトの光が収束して、カーペットに火がついてしまったと。それなら、これは事故ですね。
咲崎:いや?
都:え。
スタッフ2:全く……誰だこんなところに大量の水を置いたのは!
咲崎:そういうことだよ、都クン。
都:なにが「そういうことだよ」なんですか。
咲崎:恐らくあの大量の水のペットボトルは差し入れとして運ばれたものだろうが、セットの内側にそれが置いてあるのはどう考えてもおかしいんだよ。――このボヤ騒ぎは、意図的に仕組まれたものだ。
都:えぇ、さすがに考え過ぎなんじゃ。
スタッフ1:す、すみません!そのペットボトルそこに置いたの、私です!輝姫さんの指示だったんで……。
都:輝姫って……、あの輝姫ちゃん!?
咲崎:知ってるの?
都:今をときめく、ちょ~~有名子役ですよ!?みんなその可愛らしさにメロメロなんですから~!
咲崎:その輝姫サンとお話できたりする?
スタッフ2:はぁ、でも彼女もショックかもしれないので……やけどをしたマネージャーは、彼女のお母さんですから。
輝姫:大丈夫ですよ。お話しできます。
スタッフ・都:輝姫ちゃん!?
スタッフ2:和子さんはいいの?
輝姫:母とは充分話をしましたから。平気です。警察の方ですよね。初めまして、子役やってます。真波 輝姫と申します。
咲崎:これはどうも。特殊犯罪捜査課所属、咲崎 条一郎です。
都:わっわっ、ほんものっ!かわいい……!と、特殊犯罪捜査課の、清成 都ですッ!あ、あのっ!サイン貰ってもいいですか……!
輝姫:もちろん!嬉しいですね、応援ありがとうございます。
都:前回の時代劇もとっても好きで!わ~!奇跡みたーい!
咲崎:ただの子供に大騒ぎできるキミは本当に幸せ者だねぇ。うらやましいよ。
都:ただの子供じゃないです、天才子役ですっ!
輝姫:天才なんて、そんなことないですから。
咲崎:そんな天才クンが、どうして舞台セット内にペットボトルを置くように指示したんだい?
輝姫:え?
咲崎:あんなところにあったら邪魔だろ?
輝姫:あ、あぁ。ドラマは舞台と違ってカメラの画角に入らない部分もあるんで。知ってます?スポットライトの下って、みなさんの想像以上に熱いんですよ。他のキャストの皆さんがすぐ差し入れに手を付けられるように、と思ったんです。
都:優しい!子供にも関わらずなんて気遣いなの~!
咲崎:ふぅん……。照明の位置はもともとあの場所だった?
輝姫:あ、いえ。私が少し動かしてもらいました。演技プラン的にそっちの方がいいかなぁと思ったので。
咲崎:間違いない?
スタッフ2:はい、その通りにしました。
輝姫:それがまさか、こんなことになるなんて思ってなくて。それに、マネージャーの母まで怪我をする羽目に……。本当にごめんなさい。
都:だ、大丈夫!輝姫ちゃんが責任を感じる必要はないから、ねっ?
和子:輝姫!勝手に楽屋を抜け出して何してるの!?
輝姫:お、お母さん……。
和子:警察の方ですよね。輝姫の母の和子と申します。娘が失礼なこと言わなかったですか?
都:そんな!礼儀正しい立派なご対応でしたよ!
和子:それならいいんですけど……。
咲崎:お母様どうも初めまして。手を火傷されたそうで。傷の方はもう大丈夫なんですか?
和子:はい、痛みはまだ残るので、病院には行く予定ですが。あぁでも、次の番組の打ち合わせに間に合わないかもしれないわね……。
咲崎:火傷した時の状況を詳しく伺ってもいいですか?
和子:はい。私は輝姫のマネージャーであり、演技指導もしておりますので、上手側のカメラの画角外で輝姫の芝居を見ていました。一度彼女がミスをしたので夢中になっていて気付かなかったのですが、気が付いたら火が出ていて。直接触れたわけではないんですが、熱気で手を。
咲崎:なるほどね。ありがとうございました。ご多忙の中すみません。また再びお話を聞きに伺うかもしれませんので、どうぞお2人は楽屋でゆっくりとお待ちください。
和子:わかりました。失礼します。輝姫、落ち込んでる場合じゃないわよ。さっきプロデューサーからクイズ番組への出演依頼が入ったわ。それから……。
都:こんな大変な状況でも次の番組に出なきゃいけないなんて……人気者は大変なんですねぇ。
咲崎:黒だなぁこれは。
都:は?何の話ですか?
咲崎:これは事故じゃなくて故意に仕組まれた放火に近いそれだ。そしてその犯人は天才子役である真波 輝姫だ。彼女は黒だよ。
都:えぇ!?
咲崎:問題はどうやって「過失」を「故意」と認めさせるかだね。さて、天才子役クンと一勝負してみようじゃないか。
都:え、え、えええ!?ちょっと待って!さ、咲崎ィ~~~!!!
咲崎:(ノックの音)すみませ~ん!警察の者です~、入ってもよろしいでしょうか~?
和子:あ、先程の!えぇ、構いませんよ。
都:おじゃま……します……。
咲崎:あ~、まだ氷水で冷やしてらっしゃるんですね。赤くなって、とても痛そうだ。
和子:まだ冷やしていないと少し辛いんですけどね。でもマネージャーとしては、こんなことで休んでる場合じゃないので、なんとかしないと。
咲崎:マネージャーってのは大変ですね。
和子:まだまだ全然。私が現役の頃は、もっと大変でした。
咲崎:お母様も芸能活動を?
和子:子役の頃から学生時代にかけて少し。早めにリタイアしたんですけど。私が芸能活動をしていた頃はもっと仕事がありました。それが、最近はあまりテレビを見る人も少なくなってきたでしょう?仕事をとるのも必死なんですよ。
咲崎:確かに、私もあまりテレビは見ませんね。
和子:輝姫はだから全然マシな方なんです。演技もトークも全然まだまだ。まだまだこれから可能性があるんです。だから頑張ってもらわないと。
都:天才と呼ばれても、常に上を目指すってわけですか。厳しい世界ですね。
和子:厳しいですよ。本当に。それなのにさっきも本番中、ミスをしてリテイクまでさせるなんて。
都:リテイク?
輝姫:もう一度撮る、って意味です。情けないんですけど、セリフ間違えちゃって。それで。
咲崎:ほぉ~天才子役クンもミスをするもんなんですねぇ。
都:輝姫ちゃんだって人間ですよ!それに子供です!間違うことぐらいあるでしょう!
和子:まぁ珍しいというか、本当はない方がいいんです。スタジオを借りられる時間は限られていますし、カメラのバッテリーだって、他のキャストの拘束時間だってある。誰か1人のミスが大事になるので、基本現場でミスをしないようにと、言い聞かせてはいるんですが。
都:は、はぁ……色々あるんですね。
輝姫:久しぶりにトチってしまって……役者として、恥ずかしいです。
咲崎:――なるほどねえ。まぁ役者の云々は捜査には関係ないんですが、あの位置に差し入れのペットボトルの差し入れを置くよう指示したのは輝姫さん、でしたっけ?
和子:そうだったの?
都:え、和子さんはご存じではなかったんですか?
和子:ええ、輝姫が現場入りする直前、スタッフさんに呼ばれたものだから……。
輝姫:はい、母がいない間にスタッフさんがもってきてくれたので、それで。――でも、ちょっと気になることがあって。
咲崎:というと?
輝姫:私、確か上手側じゃなくて、下手側に置いてほしいって頼んだはずなんです。正直下手側は使ってないし、機材置き場みたいになってるから……。
咲崎:都クン、そのスタッフさん捕まえて話聞いてきて。
都:え、あ、はい!あ、でもくれぐれも変なことしないでくださいよ咲崎さん!すぐ戻ります!
咲崎:キミみたいにミーハー全開でサインをせびったりしないから安心しなさい。
輝姫:それにしても、警察っていろんな部署があるんですね。お2人は――特殊犯罪捜査課、でしたっけ。
咲崎:あぁそうなんですけど、誤解のないように言っておきますね。特殊なのは犯罪ではなくて、「私が」です。
和子:あなたが?
咲崎:えぇ、ちょいと特別扱いされてるもんで。似たようなもんですよ、「天才子役」みたいなもんです。
輝姫:ふふ、おもしろい人。
和子:こら輝姫、失礼よ。
咲崎:いいんですよ。似た者同士、仲良くしましょ。
都:ただいま戻りました!訊けたには訊けたんですが……当時本番前で忙しくって、上手って言われた気がするけどもしかしたら下手だったかもって。
輝姫:あぁ……本番前、バタバタしますから。……ね。
咲崎:……。
輝姫:ちゃんと下手側に置いてあったら……こんなことにならなかったかもしれないですね。
咲崎:人間の証言ってのはアテにならんもんだね。
スタッフ1:和子さん!プロデューサーからお電話入ってます!
和子:はい!すぐ行きます!行ってくるわね、礼儀正しくするのよ、輝姫。
輝姫:うん、わかってる。
輝姫:人の言葉って、曖昧ですよね。自分が言った言葉もわからなくなっちゃったり。ですよね、咲崎さん。
咲崎:そりゃぁそうだねぇ。人間の記憶能力は実に曖昧なもんだ。言った傍からすぐに忘れちまうこともあるしね。都合のいいように変換されることもある。セリフなんていう他人の書いた言葉をスラスラと覚えられるキミが羨ましいよ。
輝姫:好きで覚えてるわけじゃないですけどね。お仕事ですし……何より、母が怒るから。
都:お母様が?
輝姫:私は母の代理なんです。母はああ言ってましたけど、今の私ほど多忙ではなかったと思います。母は、私を、過去の姿に重ねてるんだと思います。
咲崎:お母さんのこと、嫌い?
都:――ちょ、ちょっと!
輝姫:嫌いですね。私は望んでこの仕事をしているわけではないですから。
都:輝姫ちゃん……。
咲崎:「なによ!みんな黙りこくっちゃってさ!あんなひどいこと言われて、悔しくないの!?あんなやつ、火あぶりにでもしなきゃ気が収まらないわ」――ふん、洒落のきいたセリフだね。
輝姫:ふふ、そうですね。
咲崎:確かに人間の言葉ってのはあてにならない。ただ文字になってしまうと確実なものになる。これ、なんだと思う?――都クン貸して。
都:……はい。
輝姫:……?段ボール、ですか……?――!
咲崎:これ、なんて読む?
輝姫:かみ、て……。
咲崎:通常大量のペットボトルの水が送られてくる場合、大概が企業の段ボールに入れられて送られてくることが多い。バタバタと忙しい中、それでも彼は段ボールにメモしたんだ。水の入った段ボールに「上手」とメモした。そして気を利かせて、段ボールを廃棄した状態で上手側に置いたんだよ。これはキミの想定通りだろうね。出火元になったペットボトルのラベルとこの企業の段ボールの銘柄は一致している。つまりこれは――君が確実に「上手側」に置くように指示したことを示している。
輝姫:……でも、もしかしたら別の日のゴミじゃ。
咲崎:くっついてる伝票じゃ、段ボールの到着時刻は今日の事件発生前だねぇ。で、なんだっけ?キミ、「下手側に置いて」って言ったんだっけ?
輝姫:……わ、私も間違えたかも。バタバタしてたし……。
咲崎:こんな分厚い本を覚えて演じられる天才子役クンがそんなミスするかねぇ?――苦しいよ、輝姫くん。
輝姫:……。
咲崎:照明の位置をずらしたのはペットボトルに照明を当てるため。セリフをトチったのは発火するための時間稼ぎ。いつも一緒にいるから母親がどの位置から自分の芝居を見るかは大体わかっていた。……上手くいけば殺せただろうけど。ボヤで終わったのは残念だったねぇ――天才子役クン。
輝姫:……負けました。やっぱ未熟だな、私。
咲崎:いや?充分天才子役――いや、天才俳優だったと思うよ。輝姫サン。
輝姫:でもね、ひとつ間違ってますよ、名探偵さん。
咲崎:ん?
輝姫:私は母が嫌いです。でも、殺そうなんて思ってなかった。ちょっと嫌がらせしたかっただけなんです。嫌いだから殺すのは、「特殊」なあなただけでしょう?
咲崎:ふん。……真波 輝姫。真波 輝姫、ね。テレビは見ないけど、覚えておくことにしよう。サインをもらっても構わないかな?
輝姫:ふふ、もちろん。
都:なんか意外です。
咲崎:なにがぁ?
都:咲崎さんだったらぜーんぶみんなに暴露して、輝姫ちゃんを悪者にして吊るし上げると思ってたのに。
咲崎:そんなことをするのがもったいないぐらい彼女は名優だったってことだよ。彼女はきっと将来とんでもない俳優になる。それも、悪女役で有名になる。私はそれが見たかっただけ。
都:でもちょっとかわいそうだったな。ストレスで体調崩さないといいけど。
咲崎:あのかーちゃんきっついよなぁ。私だったらバラバラにして埋めるね。
都:物騒なこと言うなっ!!
咲崎:まぁでも彼女ならいつか母親を殺せるでしょう。そして自分で立つ。
都:だから~~~~~!!!!
咲崎:ここでいう「殺す」は精神、マインドのことを言ったんだ。キミは少しぐらい本の読み方を学びたまえ。学のない警察は恥をかくぞ。
都:も~~~!!いつか火あぶりにしてやるッ!!
END
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